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八王子簡易裁判所 平成10年(ハ)154号 判決

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金五〇万円及びこれに対する平成九年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決は、第一、第三項につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)

主文と同旨。

二  被告(反訴原告)

1  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金六〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成九年九月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

3  訴訟費用は、本訴・反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

4  この判決は、第1、第3項につき仮に執行することができる。

第二  当事者の主張

一  (本訴請求事件)

(一)  請求原因

1 被告(反訴原告、以下「被告」という)は、不動産の仲介等を業とする株式会社である。

2 原告(反訴被告、以下「原告」という)は、被告の物件紹介により、平成九年八月三一日、別紙物件目録記載の土地建物について、訴外吉田岩雄(原告の父)及び原告が、訴外西一郎から、借地権付建物を左記条件で買受ける旨の停止条件付・借地権付建物売買契約(以下「本件売買契約」という)を締結し、同日、売主に対し、手付金二〇〇万円を支払った。

条件 (1) 売買代金三四八〇万円、手付金二〇〇万円

(2) 借地権譲渡について、地主の書面による承諾を停止条件とする。

(3) 地主の承諾は、平成九年一〇月末日までとする。

3 原告は、被告に対し、平成九年八月三一日、本件売買契約の仲介手数料(報酬金)の内金として、本件売買契約の効力が生じなかったときは返還する合意のもとに、金五〇万円を支払った。

4 ところが、平成九年一〇月末日までに、本件売買契約の効力発生要件である「地主の書面による承諾」が得られなかった。

5 かりに、右条件不成就の場合の返還約束が認められなかったとしても、本件売買契約の停止条件は、不成就に確定したので、被告は、仲介手数料の請求権がないのに、金五〇万円を不当に利得し、原告は、同額の損失を被った。

6 よって、原告は、被告に対し、主位的に返還約束、予備的に不当利得返還請求権に基づき、金五〇万円及びこれに対する平成九年一一月一日(停止条件の不成就が確定した日)から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する認否

請求原因1乃至4の事実はいずれも認めるが、同5の事実は争う。

(三)  抗弁

本件売買契約の停止条件である借地権譲渡に関する「地主(足立亘)の書面による承諾」については、本件契約締結以前に、地主が事実上承諾していたので、被告は、地主に署名・押印して貰えば承諾書が完成すべく、承諾書用紙(乙第二号証)を作成して準備を完了していたところ、その後、資金繰りに不安を抱いた原告が、契約書には「地主の書面による承諾」とあるのみで、印鑑証明書の添付及び実印の押捺が必要である旨の記載はないのに、必要以上の右条件を主張したため、地主の書面による承諾を得ることができず、本件売買契約は破談となった。

右事実は、条件の成就により、本件仲介手数料請求権の存否について不利益を受ける原告が、故意にその条件成就を妨害したことに該当するから、本件売買契約の停止条件は成就したものとみなすべきである。

(四)  抗弁に対する認否

被告が承諾書の用紙(乙第二号証)を準備し、原告が承諾書に印鑑証明書を添付して実印の押捺を要請したことは認めるが、原告が資金繰りに不安を抱いたこと及び条件成就を妨害したことはいずれも否認する。

本件売買契約は、高額(三四八〇万円)な不動産取引であって、地主の借地権譲渡の承諾意思の真正を確認するため、印鑑証明書の添付と実印の押捺を要請することは、至極当然のことであって契約違反ではない。

二  (反訴請求事件)

(一)  請求原因

1 本訴請求事件の請求原因1乃至4のとおり。

2 同事件の抗弁事実のとおり。

3 本件売買契約の仲介手数料(報酬金)は、売買契約の金額三四八〇万円の三パーセントに六万円を加えた金一一〇万四〇〇〇円であるから、内入弁済の金五〇万円を控除した金六〇万四〇〇〇円が仲介手数料の残額である。

4 よって、被告は、原告に対し、金六〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成九年九月二二日(本件仲介手数料の残額を請求した日)から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は、本訴請求事件の抗弁事実に対する認否のとおり。

3 同3の事実は、否認乃至争う。

三  証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本訴請求事件の請求原因1乃至4の事実及び反訴請求事件の請求原因1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本訴請求事件の抗弁事実及び反訴請求事件の請求原因2の事実(原告による条件成就の妨害事実)の存否について判断する。

(一)  本件売買契約は、借地権付建物の売買契約であって、売買代金が三四八〇万円であり、借地権譲渡について「地主の書面による承諾」を得ることが停止条件であったこと、被告は、右契約の仲介業者として、地主(足立亘)に署名・捺印をして貰って承諾書を完成すべく承諾書の用紙(乙第二号証)を作成して準備したこと、原告が、その承諾書に印鑑証明書を添付して実印の押捺を要請したこと、地主は、右承諾書用紙に署名・捺印を拒否したことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  地主は、本件売買契約締結前に口頭により、借地権の譲渡について承諾していたこと、地主は、承諾書に認め印を押捺しようと思っていたが、原告から印鑑証明書の添付と実印の押捺を要請されたため、被告が準備した承諾書の用紙(乙第二号証)に署名・捺印を拒否するに至ったこと、その後、売主は、契約の期限までに「地主の書面による承諾」が得られず、本件売買契約の効力が発生しないことに確定したため、さきに受領した手付金二〇〇万円を買主である原告に返還したことの各事実は、本件全証拠及び弁論の全趣旨によって、これを認めることができる。

(三)  以上の事実関係において、原告が「地主の書面による承諾書」に印鑑証明書の添付と実印の押捺を要請したことが、停止条件の成就を妨害したことに該当するか否かを検討することとする。

本件契約書には、承諾書に使用する印鑑(認め印・実印)についての記載はなく、本件が高額(三四八〇万円)の不動産取引であることを勘案すると、認め印・実印のいずれの印鑑を使用するかは、借地権譲渡を承諾する地主と条件成就によって利益を受ける買主の意思に従うべきものと解するのが相当である。

従って、右両者が「認め印」を使用することで合意すれば「認め印」でよいのは当然であるが、かかる合意のない本件においては、高額の本件不動産取引につき、かりに、地主が、本件売買契約の締結前に口頭により承諾し、他の取引において「認め印」を使用することを通例としていたとしても、買主である原告が、後日の紛争の発生を予防する意味で、地主の承諾意思の真正を確認するために印鑑証明書の添付と実印の押捺を求めた場合は、これに従うべきであって、これに応ずることによって多額の費用を要するものでもないので、原告の右要請が契約違反であるとか、停止条件の成就を妨害したことに該当しないことは明らかである。

(四)  以上の事実によれば、原告が停止条件の成就を妨害したことを認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

三  よって、その余の点について検討するまでもなく、本件売買契約の効力が発生しなかった場合の返還約束に基づく原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、被告の反訴請求は失当であるから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

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